前回コラムでは米ドル全体の頭打ちを想定していた。実際もその通り、ドルインデックスは急落、先週の96関門手前から一時93.50割れまで反落してきた。

5月米雇用統計が市場の予想より大幅悪化していたことが直接な引き金となっていたが、注意すべきなのは、米追加利上げ観測によって5月一杯ドルの切り返しが先行していた。要するに、同観測を過大に織り込んでいただけに、その反動も大きかった。換言すれば、利上げ観測自体が行き過ぎだったなので、米雇用統計が仮に良かったとしても、ドルが先行して上昇していた分、足元ドル高が限定的のはずだ。このことは前回コラムの趣旨であり、また現時点でも変わらないと思う。

ドル/円に関しては、前回の指摘通り、4月末高値111.88を超えない限り、ドル/円の下落構造が維持され、ドル安/円高の底打ちといった安易な推測が現実ではなかろう。実際、米株が歴史的高い水準にキープしているだけに、リスクオフのドル安/円高が理屈上解釈されにくいが、米除き、主要中央銀行による量的緩和の流れにおいて問題を考えば、「理外の理」がお分かりいただけるかもしれない。

今週S&P500指数が10月ぶりの高い水準を記録した一方、商品指数も同じく10月ぶりの高いレベルに到達している。その上、ジャング債が今年9%も高くなり、金、原油と円がそろって上昇してきた。こういった市況、もはや単純にリスクオン/オフをもって説明できなくなっているから、市場における高い流動性が随一の背景として解釈されやすい。何しろ、EU、日銀をはじめ、主要地域、国の史上最大規模の量的緩和が資金の氾濫をもたらし、過剰流動性が原因で各資産が「理屈なし」に買われている。どうやら、随一の理屈があるとしたら、やはり米追加利上げ観測の後退が市場のコンセンサスとなっているところ、米ドルだけが買われにくい、ということである。

しかし、世界経済成長自体が明るい見通しになっていない。EU、日本はもちろん、比較的に成長率の高い米国でも5月雇用統計で見られるように、景気回復の失速が現実味に増している。こういっった流れを汲むと、市場関係者の多くが、やはり米国が早期追加利上げをできない、また主要国と地域が量的緩和政策を長期に渡って維持さることに賭けっていると推測される。果たしてこういった認識と思惑が正しいでしょう。

WSJの報道によると、あの伝説の投機家ジョージ・ソロス氏が世界景気の後退を予測、仲間と組んで彼が得意とする大規模なショートポジションを作り上げているという。主な内容は米株のショートと金、金鉱株のロングの組み合わせと伝われ、近々世界金融市場の崩壊をほのめかしている模様だ。

もっとも、ソロス氏は戦略に長けているだけに、報道された内容のすべてを鵜呑みすべきではない。またヘッジファンドの大方として手の内をわざと見せる場合、何等かの企みがあるのは普通に考えられる。真相はこれから解明されるが、どうやらソロス氏が自分の考えを故意に公にし、市場の反応を確認しているようで、その手応えを探っている、という段階におるのではと推測できる。

85才高齢になるソロス氏の一挙一足に世界が固唾を呑んで注目しているのわけがある。ポンド危機などかつての氏の伝説や武勇伝は去っておき、2007年すでに引退していた氏が今回と同様、公に世界危機を予想したうえショートポジションをいっぱい建て、その後年間32%のリターンを叩き出しただけに、氏の主張とストラテジーを無視する市場関係者はいない。ちなみに、日銀が量的緩和を推し進めていた間、ソロス氏が大規模な円売りを仕掛け、10億ドル以上の利益が得られた模様で、その手腕が全盛期に比べても、全く落ちていないと言える。

実際、2007年前と同様、氏は半分引退しており、慈善事業に力を入れているが、傘下ファンドのパフォーマンスが落ちてくると、偶に介入してくるぐらいで、実際の運営を手掛けていないという。前記大規模の円売りでもアイデアを出すぐらいで、そのほかはすべてファンドのスタッフに任せたと言われ、氏の直接指揮で得られた成果ではないようだ。

しかし、今回の様子が違っていた。ソロスが自ら陣頭指揮をとり、あの2007年の再来を彷彿させる。言ってみれば、氏が自ら仕掛けたいと刺激されるほど、これからの市況が面白い、ということである。ゆえに、これから何かあっても驚くなかれ、またあのリーマンショック級の混乱が再来しても一応予想範囲においておく、といった覚悟をするべきであろう。

となると、現在のように、すべての資産が買われる、といった局面が長く続かないでしょう。株、原油が下がる一方、金と日本円の上昇が見られる公算が大きい。要するにリスクオフの再開でリスク回避先として評価される資産が再度評価されることである。ソロス氏の戦略が正しければ、量的緩和策の限界が近々迎える、ということのほかあるまい。

円サイトでは、日銀量的緩和拡大の思惑が高まっており、背景には日本の景気が悪化していることがまず挙げらる。アベノミクスがとっくに失敗していたと思われる中、第二四半期のGDPが再度マイナスに落ちるのではといった推測と心配が高まってきた。過去5年間、日本はすでに6回も景気後退局面にあったので、前例のない大規模な量的緩和やマイナス金利の実施があっても改善されなければ、これこそ緊急事態だと言える。

もうひとつは隣の韓国が市場の予想と反して、昨日利下げを断行し、韓国金利を史上最低水準に押し下げたこと。韓国の景気はどうでもいいと思われるかもしれないが、韓国利下げによって韓国ウォンの下落が相対的に円を高めただけに、人民元安と相まって、日銀幹部頭痛の種になりそうだ。

こういった事情で今月でも日銀が量的緩和を拡大、またはマイナス金利の拡大を図るのではといった観測が上がり、昨日ドル/円の反発をもたらした。結論からいえば、筆者は日銀によるマイナス金利拡大はもうないと思い、今月日銀量的緩和拡大の有無も確率でいうと半々だと思う。より重要なのは、仮に日銀が量的緩和の規模を拡大したとしても、一時の円安があるものの、継続的な円売りにつながらず、場合によっては1月末と同様、量的緩和の拡大でかえって円買いを刺激する可能性さえある。要するに黒田バガーズの逆噴射の再来もあり得るので、要注意だと思う。その辺の理屈はまた次回、市況はいかに。